「縁」って自分から切ることも、相手から切られることもあります。
自分からその人との関係を終わらせる場合は理由なり考えがあってのことだけれど、相手から予想もせず関係を強制終了された場合、切れた側は気持ちのやり場に困ってしまう。
そのようなケースってSNSの普及もあって、年々増えています。
例えば、ラインで既読スルーのまま関係が終わったり、SNSでブロックされちゃったり。
理由が明確ならまだしも、よくわからない場合はその気持ちはどう扱えばいいのか。
今日は、切られた縁にどう向き合うか。
切られた縁にどう向き合うか
縁は不思議なもので、こちらは縁を切りたくなくても、切れてしまうことがある。
縁が切れるタイミングは、主にふたつのパターンがあります。
・必然
・ステージの変化
必然
「すべてのできごとに意味があって、偶然ではなく必然」
相手から予期せず縁を切られてしまった場合、それは偶然ではない。
いつかそうなると決まっている、必然のできごとだったということ。
先日SNSでふと流れてきた投稿をみました。
急にブロックされたけど、心当たりがなくて傷ついている。向こうからフォローしてきて、DMしてきて、すべて向こうからきたことなのに、なぜわたしがブロックされるんだ。
合わない人はブロックする、攻撃してくる人はブロックする、という傾向が年々強くなっているので、よくあることかもしれません。
傷つく前にブロックして自分を守ることは、とても大事です。
ブロックする側はただ自分を守っているだけ、ということなんです。
「相手がブロックした・縁を切った」というのは、相手の問題。
合わない何かを感じたのか嫉妬したのか、なぜか知らないけど、相手が決めたこと。
結論としては、去る者追わず。
人生はあっという間に過ぎ去るのに、SNSで関わった深く知りもしない人からブロックされたからと病む時間のほうがもったいない。
いつか切れる縁だったんだ、必然だったんだと捉えましょう。
ステージの変化
もうひとつは、お互いのステージが変わったから切れた縁。
リアルに付き合いのある人から縁を切られてしまった場合、長い付き合いだった人なら、なおさら気持ちの整理がつかないこともありますよね。
特に女性は、仕事・子育てというライフステージが変わることが多いため、関わる人が変化して当然なんです。
全く同じ環境・生活という人はいないわけですから、その違いに違和感や妬みが出てきたら、ステージが変化したサイン。ステージが変わったから、離れてしまったということです。
先の人生の中で、本当に縁がある人とは、また縁が繋がって再会できます。
わたしが切られた縁
縁を切られたという経験は、誰にもあることだとわかっているけど、やっぱり切られた側としては悲しいもの。
「切られた」というと言い方が強いので、あえて言うなら「切れちゃった」という経験がわたしにもあります。
子育てで多忙だった時期、そしてコロナ禍があったので、古い友人になかなか会えない数年間を過ごしました。
今年ほど懐かしい友人にたくさん再会できた年はないくらい、嬉しいことがたくさんありました。
古い友人というのは、長く会っていなかったとしても、タイムスリップしたように昔と変わらず再会できる不思議な縁でもあります。
しかし、再会できなくて、切れてしまった縁もありました。
彼女とは久しぶりに会うために連絡を取り合っていたのですが、急に途絶えました。
なぜだろう…と思ったとき、人生の方向性が違うとふと気付いたんです。
彼女はいい意味で、昔と変わっていなかった。何よりも家族優先。
一方わたしは、コロナ禍に同級生を亡くしたこともあって、会いたい人には会えるうちに会いたい、と強く思った数年でした。
優先順位が違ったんだと思うんです。
わたしは途絶えた連絡を、彼女が会おうとしない選択を、受け入れました。
今じゃなかったのかもしれないし、もう会うことがないかもしれない。
それでも、彼女が幸せでいてくれたらいいなと、願うだけです。
今のわたしには、現在の彼女の背景を想像することはできないから、受け入れるしかない。
縁を切れらたように感じたことも含めて、縁がなかったということ。
会えないことも何かしらの必然で、すべてのできごとに、意味はある。
もしあなたが同じように、理由がわからず縁を切られたように感じた経験があるのなら、今ある縁を大事にすればそれでいいんです。
では、また。